忘れてしまったスペインのバス停

今でも覚えている。ふと覗き込んだ谷間から吹き上げてきた、あの風、自由の風。

まだとても若かったころ、初めて一人旅をして、言葉のわからない国で、建てた計画通りに旅するつもりで、あちこちで迷子になった。バスを乗り間違えたり、電車がなかったり。知らない人たちと、どうしようもない状況で、状況を打開する唯一つの方法は「待つ」ことだった。

だから、一人「待つ」ことに、とても鷹揚になった、あの旅。

それでも持ち前のきりきりさで、なんらかの活動をしながら待つことも多かった。その日、コンスグエラからエル・トボソへ行く途中だったか、エル・トボソからアルマグロへ行く途中だったか、バスを降りて、次のバスを待つ人たちを横目に、少しだけ街を見るつもりで、バス停から続く坂道を、ほんのちょっとだけ登ったら、乗り換え場所は思ったより山の上だったみたいで、眼下を見下ろす山間にでた。覗き込んだら、乾いた大地と、乾燥に強い(と思われる)砂ぼこりにまみれた、でも美しい樹々の間から強い風が吹き上げてきて、その風が、長い年月、すっかり年を取った今でも、心の中で吹いている気がする。

(きっと私の若さの秘密です。)

日本からスペインまで二十歳の娘が出かけて行って、サッカーも見ず闘牛も見ずフラメンコも見ず。でも光を見た。

旅をして、成長するんだって勢い込んでいたけれど、成長なんてしなかった。ただ、待つ時間を無駄だと思っていた自分が、待たざるを得なくて、仕方なく待ってて、外国で気を抜かないようにしてて、でも待つ間に見るものが面白いこともあって。

成長は、何の変哲もない日常の中で少しずつしたと思う。でもあの風、あの日差しが、壁にぶつかったときに、自分を支えてくれたような、そんな気がします。

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