クリームパンと座右の銘

若い頃、クリームパンから助言を受けました。

治七のクリームパンという福岡の小さなお店が、地元のローソンとFM福岡というやはり地元のラジオ番組とコラボレーションをして、確か1か月だけ、ローソンでパンを売っていたことがありました。クリームパンには、ラジオ番組のリスナーさんが応募した英知の言葉が書かれたカードが入っていて、このコラボクリームパンについてラジオ番組でも盛んに宣伝されていました。

「クリームパンの言葉、なぜか本当に、その人のためだけに誂えた珠玉の人生アドバイスが書かれたカードが入ってるんです!」(DJなかじ氏)

「私もすごくいい言葉をもらいました。生きるってこうだなぁ、って思えました。人生の座右の銘にします」(DJこはま氏)

おばあちゃん、と呼んでくれる孫には巡り合えなかった私ですが、もちろん父母がおりまして、父母がこのラジオ番組を毎朝聴いていて、その影響で私もこの朝のラジオ番組を聴いていました。つまり、家族が総出で大好きなラジオDJの発言に、「あぁ、これはパンを買ってみなきゃ!」と思ったわけです。

ただ、あまりコンビニエンスストアに行くような生活でもなかったため、そのクリームパンを手にしたのは、キャンペーンが終わるぎりぎりのことでした。

ここで前方の椅子に座ったままパンを開いたのでした

私は当時、遠方の大学の研究室で、来る日も来る日も顕微鏡の下に昆虫の触角をセットして、昆虫細胞に電極を刺しては匂い刺激を与えて、活動電位を記録する、という仕事をしていました。住まいから1時間半かかる研究室に、朝9時に行って、夕方19時まで、電極を刺しては抜いて刺しては抜いて、時々電極を研いだり作ったりしながら、誰とも話すことなく一日がどっぷり終わるという日々でした。嗅覚細胞についてよく知られていない虫だったので、刺した電極の10%以下の割合でしか活動電位が取れなくて、動作を繰り返す機械人間のように無感動に、これを3年やり続けていました。その大学の研究室には電気生理の機器を借りるために行っていたので、居室がなく、装置の部屋に籠っているので、人と出会うこともなく、お昼は顕微鏡の前でそのまま食べたり(注・現代の実験室は飲食禁止)、お天気が良ければ研究所の近くの公園で一人で食べていたものでした。

その日は、いつものとおり全くデータが取れなくて、それにがっかりする機微もなく、朝はコンビニに寄ったので時間も惜しく思い、顕微鏡の前でクリームパンを開けました。

ラジオ番組は、毎朝毎朝、カードのメッセージが、どれほど人生の導きになるか語っています。

なんせ悩める青少年。ドキドキしながら袋を開けました。

カードには何と書かれてあったと思います?

プラスチックのパンの袋に張り付いたぺらぺらしたプラスチックの白いカードには燦然と書いてありました。

「無駄こそ人生」

そして、そう、これが私の座右の銘なのです!

…ある静かな昼下がりのことでした。

*

今思えば、なかなか実りのない作業をしていたことや、ラジオのDJの言葉を思い出すにつき、「うっそぉ」と思う判明、ピッタリではないか、と思ったのでしょうか…。ふふ。若かった私はこの言葉が気に入ったのでした。

若い頃って、「生きるって何だろう、生きて何ができるんだろう」と誰でもある程度は思い悩むことがあるものです。結局、今の年になっても、度々この袋小路に入ってしまいます。

でもこの時から、この言葉は一つの魔法の言葉になりました。

なぜでしょうか、取返しのつかないことをしてしまったと悔やむとき、他者からひどい言葉を浴びせられたとき、誰にもわかってもらえなかったとき、この言葉を思い出すとなんだか心が少し軽くなるのです

*

研究者だった頃、高校生に自身のこれまでの歩みを語ることがありました。私は高校生くらいの頃、何事にも目標が必要で、意義ある人生について思い悩むばかりだったので、ある時、「無駄こそ人生」と大きくスクリーンに映したことがありました。自分では、いっぱい失敗していいんだよ、なんでも挑戦していってください、というつもりでした。

その日、次の話者の先生が、ご自身のお話の時にこの言葉を引き継いでくれました。

「無駄こそ人生っていうのはね、人生に無駄なことなんて一つもないってことですよ。皆さん好きなことをしてください」

そう、その通りです、先生。先生のお言葉に自分でもハッとしました。「そうだ、そういう意味だ!」と。

そして、軽率でした。。。確かにそれだけポンと投げると、青少年のやる気を削ぎかねない言葉です…。軽率さが恥ずかしくて、でもフォローくださったその先生のお心を温かく感じた出来事です。(もうお会いすることはないのですが、先生、あの時はありがとうございました。)

旅して歌うだけの私の人生に生産性はないでしょう。私は’あなた’の美しい人生に偶然通りすがることができただけの老人ですもの。しかも、偉そうに批判してしまうこともあって、私自身の人生は、無駄な回り道、何も生み出さない過程、賢い人なら価値を見出さないかもしれないことに満ちています。

でも、「それでもいいよ」、と言ってくれる家族と友人が、私には確かにいました。クリームパンの言葉は、その人たちがいたことを私に思い出させてくれるのです。そして、ほんのひと時をご一緒しただけの、その先生の言葉は、それを力強く支えてくれるのです。軽率なことをしたことも、もう良い思い出、と感じることができるのです。

*

ね、いいでしょう、クリームパンの助言。

我ながら実にくだらなく響く座右の銘だと思いますし、単にラジオのDJに乗せられ続けているだけでは、と自分でも思います。

でも、無駄こそ人生なら、私に無駄なことなんて一つもない。人生は間違いなく私のものです。

その先生はJAXA(日本宇宙開発機構)の理事長として、今も若手の育成に励まれています。

あ、パン屋さんもまだ存在していますよ。

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