初めてのエスプレッソ

人生初のエスプレッソのお話をしたくなりました。

今日は少し後ろめたいお話。

珈琲はとかく苦い飲み物であるため、知る限りではですが、知人では10代後半あたりに初めて飲んだという方が多いです。その分、珈琲とは実に大人になってからも頻繁に驚きをもった発見に出会える飲み物だと思います。

日本のコーヒーは、澄みきったコーヒーですと、これまで何度か紹介させていただきましたが、珈琲大国イタリアのコーヒーは、ずばりエスプレッソですね。苦みも雑味もガッツリ入った熟成のコーヒーです。(蛇足ながら、どちらのコーヒーも餡と良く合います。餡とコーヒーの組み合わせはマリアージュといっても過言ではございません。和菓子とコーヒー、いいものです。)

珈琲という飲み物を知ったなら、エスプレッソに興味を持たないわけにはいきません。

これを私が初めて飲んだのは、アメリカのアトランタの、とある安宿ででした。

*

学生の良いところは、ともかくその学生が年増であろうが、学生であるだけで、なんとなく誰もが仲間に入れてくれるところではないかしら、と思ったりします。

30代手前、貧しい学徒であった私は、ともかく学徒であるからには許される限りは国際学会に参加したい、というわけで、アトランタには学会参加のために行っていました。

なんせ限られた予算です。宿はできる限り安いところで、というわけで、それなりに治安も考えて見つけたのがその宿でした。通常こうした宿には若者ばかりがいるのですが、その時はどうしたわけか60歳くらいのお嬢さんや、30歳くらいの社会人の方もいらっしゃいました。

バックパッカーにはキッチンがあります。長く滞在する人も数泊しかいない人もいるので、いつもというわけではないのですが、キッチンで食事を作ったり、ダイニングにいると、それなりに言葉を交わす人と出会います。

その時は、偶然だったのかもしれませんが短い期間に同じメンツと顔を合わせて、夕食後にそれぞれマグカップをもって、みんなでダイニングで語らうような、そんな人々との出会いがありました。

イタリア人の若者の二人連れ、ドイツの方に、韓国の方、それからアメリカ人の女性など10名弱のイブニングティータイムです。

その時、バックパッカーで美味しいコーヒーを飲むのは難しい、というような話から、そのイタリアの若者らが見せてくれたのが、エスプレッソメーカー。

こんなのです。これはBIALETTI(ビアレッティ)直火式

「僕らはこれがあるから毎朝美味しいコーヒーが飲めるんだ」

エスプレッソ専用の、コーヒーパウダーと水を入れて、コンロで直接火に架けて作るエスプレッソ用のエスプレッソメーカーです。

これが当時の私にとって興味深い形状の器具で、「どうして粉が混じらないの?これで淹れないとエスプレッソじゃないの?どんな豆でもいいの?普通のコーヒーとどう違うの?」とそれはもう質問攻めに。

私以外のみなさんは、その器具についてご存じだったみたいで、「わかるわかる」「これで淹れてこそ本物のエスプレッソだよ」「普通のコーヒーパウダーじゃダメなんだ、エスプレッソ用の豆はね、それは細かく挽いてある専用の豆なんだよ」などなどいろいろ教えてくれますが、いまいちピンときません。

はてなマークを浮かべる私に、イタリア珈琲を大絶賛するみんな、という状況に、イタリア人の血が騒いだのでしょうか。

「今晩の食後のコーヒーは僕らがご馳走するよ」

といって、そのイタリアの若者の二人が作ってくれたのが、私の人生初のエスプレッソです。

粉を入れて、コンロに架けるのを見たときのわくわく感。

香り立ったコーヒーに、お湯の沸騰とともにあふれて出来る液体の流動感。小さなカップをみんな配ったときの、部外者ながらなぜか感じた誇らしい気持ち…。…までは良かった…んですが…。

言ってしまいましょう、大変苦かった…。

苦くて苦くて飲めなかった…。

ごちそうしてくれた二人はもちろん、みんながおいしく飲むことを期待したキラキラした瞳で我らを見ています。バックパッカーに行った人ならわかるはず。20代の若者が、その場の全員にコーヒーをごちそうするなんて、それはもう大変な歓待であり友愛なのです。

ドイツの方、笑顔でクリア「おいしいね!」

アメリカの方、笑顔でクリア「おいしいわ!」

韓国の方、「苦くて飲めない」(あ、仲間だ)でも完飲。

私は窮地にたたされました。

(お砂糖入れたら飲めるよ)

教えてくれたのは、どなただっかたしら。砂糖を山ほど淹れてみましたら、はい確かに飲めるようになりました!これにはびっくりしました。お砂糖ってすごい…。

味覚の不思議と砂糖の力を実感した出来事です。

でも苦い…。

お皿洗いをお手伝いするときに、半分以上残ったエスプレッソをこっそり捨ててしまったことを深い反省として覚えています。飲みたがったくせに、ごめんなさい。

後年、ショウジョウバエの味覚を研究していた時に「masking」として、さも重要事項のように、「苦味物質には甘味物質を入れて試験するしかないんだよ」ということをフランスの研究所で重々しく教えていただきました。

虫もそうなのかぁ、と思ったものでした。

今は飲めるようになった、エスプレッソ。

エスプレッソを飲むときは、あの時のほろ苦い気持ちをいつも思い出します。嫌な思い出じゃないけれど、若い自分に苦笑する、ちょっぴり後ろめたい、優しかったあのイタリア人二人組の笑顔や、主に器具への賞賛ですが、魔法のように出来上がったエスプレッソへの驚きの気持ちとか、バックパッカーにいた人たちの暖かさとか、そんな味も一緒になった飲み物が、私にとってのエスプレッソです。

*

人生初のエスプレッソは、人生で一番インパクトがあったコーヒーです。

そして大変なご馳走でした。

今ならきっと言えるのに。

「ご馳走様。おいしかった!」

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