うっかり想定してしまいがちな…
ハノイを訪問する機会は人生で何度かありましたが、その後、行くたびにどんどん変化を遂げて、経済成長を目指して人々に満ちていた活気が、工業開発に変わり…そんなベトナムになる前の、海外の旅行者そのものがようやく増え始めた、そんな時代にサパの集落を訪れたときの小っちゃくて大きな学習経験。中国とベトナムの国境にほど近いサパの集落へ行くには、列の車駅からさらに4輪駆動の自動車で長い時間をかけて向かいます。
列車を降りて、4輪駆動車から、バスに乗り換え、やはり長い道のりを進みます。運転手さんがとても上手だったのか、車酔いもありませんでした。このあたりから同じツアーに参加しているメンツが分かるようになってきました。
何度目かの休憩地で、突然友人がいつものまじめな声で私に言いました。
「ハゲがこっちを見ている」
(ん?ハゲ?)
狭い車内から解放されて、伸びをしながらあたりを見ますが、どの人のことかさっぱりわかりません。
「気のせいじゃないの。というか、ハゲってどの人?」
日本語での会話である安心から、あっけらかんと聞く私。友人、頭を動かさずにバスの方へ視線を動かします。
「直視しちゃだめだぞ、今バスの入り口から降りてきた人」
私、視線でキャッチ。あぁ、ハゲてるっていうか、スキンヘッドの兄ちゃんね。特に怪しそうには見えません。
「気のせいじゃない?人は見られていると感じるほどには実際は見られていないらしいよ」と私。
「いや、見てる。ずっと見てる。しかも地味についてきてる」と友人。
「まっさか~。それより休憩だって。探検に行こう」
釈然としない顔の友人を笑い飛ばして、弾む足取りで集落の奥へ向かいます。棚田はまだあまり見えない山間の集落の村、という感じ。
「この樹の葉で服を作るらしい、マリファナの原料っていうか、幻覚作用が生じる葉」(麻のことです) 観光客を見てきれいな刺しゅうを施した布を持ったお姉さんたちが商売に出てくることもないような、通りすがりの小さな村に私たちの好奇心は刺激されました。
「あっちに行ってみよう!」
と、ツアーの人は誰もいない村のさらに奥へ、今思えば人の敷地に遠慮なく、てっくてっくと大幅に歩いていくと、友達がまたぽつり。 「やっぱりハゲがこっちを見てる」
私、まさかまさか、と笑いながらくるりと後ろを確認して、今度はびっくり。
私たち二人以外見向きもしていなかった、村の小さな抜け道を確かにスキンヘッドの兄ちゃんがやってきている姿を確認。前方にも後方にもツアーの人はおりません。
しかもこっちを見ている!
「ほんとだハゲがこっちを見てる」
「しかも追ってきてる」
私いきなりびっくり大パニック。友達と手に手を取り合って、ハゲが来た!と騒ぎ出した瞬間、話題のハゲ(さん)どんどん接近。我々に追いついて、にっこり。そして、そのまま我々の前を通り過ぎながら、もっとニコニコ。手を振って言いました。
「こんにちは~。僕、スティーブって言いますぅ。岡山に3年住んでいました~(日本語)」
…。
「こ、こんにちは~」(え、どうする、ハゲって連呼しちゃったよ)(聞こえていただろうか)
大柄でスキンヘッドで、優しい笑顔でフレンドリーなスティーブさん。袖振り合うも多生の縁、その後は日本語でおしゃべりして、記念写真を撮ってみたりして、日本での経験を聞いてみたりして。
「ハゲって意味知らないんじゃないのか?あるいは聞こえなかったとか」(友達)
「3年住んでたら多分知ってるし、あの距離なら多分聞こえてるよ」(私)
いい人で良かった~と再び手に手を取り合う私と友達。
今でこそ雑貨で有名になり、若いお嬢さんにも人気の観光地として知られるベトナムですが、当時はあえて旅行会社でベトナム観光を勧められるようなこともなかった時代です。日本人は私と友人の二人だけでした。きっと久しぶりに日本人を見てうれしくなったのですね。
海外に住んでいても、日本にいる時と同じように、自分の発言に注意し、礼儀正しい言葉づかいをしなくてはいけないんだ、ということを学んだ最初の経験でした。
携帯もデジカメも、普及はしていない時代。皆さんにはお見せできないけれど、でも、スティーブさんとの記念写真、ちゃんとまだアルバムに入ってますよ。
みんな実にいい笑顔