“Because it’s there”

「家だー!!」

というだけの理由で知らない人の家のドアをノックしたことがあります。

すごく勇気を出しましたし、望んでノックしたわけでもありませんでしたが、背に腹は代えられなくて。。。

*

今から何年も前、オーストラリアのアデレードは、気候が良くて、賑々しくはないのですが、家の白い塀にピンクや赤のきれいなバラが顔をのぞかせているような、そんな穏やかな町でした。アデレード中央市場にさえ、そもそもお店があんまりなくて、こじんまり数件の販売者がいるだけでした。

寂しいけれど、空気が明るくてかわいい町だなぁ、と思いました。

そんな時代もアデレードといえば、中央のアリススプリング、北のダーウィン、西のパース、東のメルボルン、シドニーをつなぐ交通の要所でした。というわけで、列車乗り換えで、短期で数回滞在した町です。

オーストラリアで出会う人はみなビーチ好きが多かったのですが、旅の荷物は軽くがモットーで、多くの旅で水着はもっていませんでした。さらに、方向音痴なうえ、地図が読めないので知らない町でバスに乗るのが苦手なのですが、ビーチに行くにはバスに乗らなければいけなかったのがアデレード。それでどこへ行こう、と困っていたらバックパッカーの人に、「水着がないなら、電車で10-15分くらいのところに、トレッキングができる自然公園があるよ」と教えてもらって、と嬉しくなって自然公園に行ったことがあります。オーストラリアといえば自然公園のトレッキングだって、とても有名です。ビーチ組に手を振って一人で行きましたが、中心部から停車駅も6つくらいの、当時とても簡単にアクセスできた自然公園でした。

その割に公園はちゃんと自然公園らしく整備されていて、入り口で地図をもらえて、公共トイレもあって、ちいさな滝が3つくらい、珍しい樹木などを入れると10くらいの見どころで一周できるトレッキングコースとなっていたと思います。

方向音痴の私ですが、最初の5つくらいは、他にも歩いている人がいて、迷うことなく、地図で場所を確認しつつ、割とサクサク、時々トレッキングの人同士で声もかけあいながら歩くことができました。

しかしやはり方向音痴だったのです…。

自信をもってサクサク歩いて、気が付いたら一人きり。どんなに歩いても次のランドスケープが出てきません。いや、しかし道を歩いているのだから…。と自分に言い聞かせ、ともかく森の中で立ち止まっても意味がないので、前進を続けました。それしかございますまいよ。

歩きました。そのうち森を抜けました。この辺で3時間くらい経過。森を抜けたら乗馬クラブの所有地らしき看板に、馬の糞らしきものがおちています。乗馬道に出た、ようです。人里に近づいたみたい…。

しかしそうはいっても、人もいないし、小道が続く森というだけなので、やはり選択肢は歩くことくらいしかありません。

歩けども歩けども、人っ子一人見ず、思い悩みながらも歩き続けて、歩いて歩いて歩き続けて、朝の8時にバックパッカーを出て、時計の針はそろそろ15時すぎ、というときに、乗馬道の森がすこうしだけ開けて見えたのが、小さな四角い人様のお家。「家だー!!」(冒頭)

思わず駆け寄って、ドアの前ではしばし躊躇したものの、ノックしました。ドアも家も静かです。もっと勇気を出して声も出しました。「ハローハロー!」

駅に戻らねばならない。

しかし誰も出てきません。留守でした。わーん。

でもそこでようやく、その家の玄関から向こう側、木々の向こうに、他にも家々があるのが目に入りました。いやもう、その一軒しか見えていなかったのでした。

というわけで、町の中心部も閑散としてただけあって、その郊外の住宅街も閑散とはしていましたが、ともかく人のいる場所へと、住宅街へ続く道へ。

しばらく歩いたら、二人連れの道路工事のおじさんに出会え、駅を聞くことができました。

「森でね、トレッキングしててね、迷子でね、駅に行きたいの」駆け寄って、一生懸命言う私を、なんだこいつは、といった顔で見ていた二人ですが、困っていたのと、疲れているのと、駅に行きたい、というのは伝わったらしく、「あと15分くらい、あっちに向かって歩いたら、線路にぶつかるから、線路に沿って下っていくんだ。中心部に戻る電車に乗れる駅がある。だいぶかかるよ」と教えてくれました。

だいぶんかかっても、大丈夫。疲れていても、太くて短い自分の2本の足は頼りになるのです。

「大丈夫、ありがとう!」まだ日も高いし、その頃の私には若さもございましからね。ほほ。

ともかく光明が差したので、嬉しくなって言われた方向に向かって歩いたら、すぐに線路がありました。そこからは平穏にあっという間、直線の線路にそって歩いたら1時間半くらいで駅に着いたように思います。

*

「あなたはなぜ山に登るんですか」「そこに山があるからだ」という有名な登山家の言葉がありますが、その言葉を見かけると、

「あなたはなぜ家をノックしたのですか」「そこに家があったからだ」と、つい言葉を入れ替えてみたくなる私。

お家の方は留守で良かったです。「そこに家があるからだ」という理由で、知らない人のお宅をノックしたことは、その後は一度もございません。

この公園、名前を忘れたので探してみましたが、ネットではそれらしきものがありません。当時の記録には、「ボタニックガーデン、美術館…etc」などの文字が並ぶばかりです。まさかボタニックガーデンで迷っていたとは思わないけれど…。無名の小さい自然公園だったのね、きっと。えぇ。

ちなみに登山家の言葉は「エヴェレスト登頂記」、ジョージ・マロリー氏でございます。(例えてすいません。謝罪します)

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