かっこいいのは…
北の国の夏は短いです。
けれど淡い光が、やっぱり淡い緑の草木に降り注ぐ、花咲き誇る美しい3か月です。
夏になると毎年同じ池に来て、子育てをしているカモは、研究所の皆に適度に懐いていました。ちょっと物足りないけれど、長く付き合いやすい非常に絶妙な距離感でした。
うかつにパンをあげたりしていると、「カモってパンの味は好きだから食べに来るけど、パンって胃壁に引っ付くから潰瘍の原因になるのよ」とか、野生動物にエサをあげてはいけない、とかいうのとは全然違う脅しを受けるのが理工学系の研究所の人々のなかなかに侮れないところでもありますが、みんな池の周りでお弁当を食べたり、本を読んだりしながら、母カモの後ろについて、ピヨピヨと歩く子ガモをそれなりに微笑ましく眺めていたものです。
子ガモも気が向くと、よちよちやってきては座っている人の指をくわえてみたりして「おいおい俺の指は食べ物じゃないぜ」とか言われているのでした。
そういうわけで、私たちもランチタイムには池で待ち合わせをして、お弁当を広げていたものです。
そこはみな独身の若くもなければ年寄りでもない適当な年齢の仲間だった私たち、お弁当といってもサンドイッチとか前日の残り物とかだったうえ、行っても誰もいない日などもあるような、のんびりした待ち合わせでした。
でもさすがに誰もいないとつまらなかったですし、構内の生き物はエサをやっても特に怒られることもなかったので、物価の高い国のスーパーで厳選して安いパンを買って、1,2枚持っていくのが日課でした。(サンドイッチをランチにしていると、カモについつい炭水化物ダイエットの手伝いをしてもらって解決でしたが。)
ともかく一斤持っていくと、一斤あげちゃいますからねぇ…
子ガモたちは、育ったこの池に帰ってきて来年は子育てをするのか、それとも別な池を探して子育てするのか、そういう、答えは特に求めていないけど、天国は満員にならないのかと同じレベルの議論をしながら、みんなでこれまた適当にパンをあげるのでした。
ほぼ毎日行っても、特に顔を覚えてもらっていたような出来事はなかった(皆無)ですが、みんな私のパンをカモにあげていたこともあって「(カモは)ちゃんとミオを待ってると思うよ」と優しい言葉をかけてくれるのでした。なんの、真実じゃないにしても、やっぱりそう言われるとうれしいものです。
で、母ガモは実に偉くて、パンをあげていても全部子ガモにあげるんですよ。
自分が前に出てきたことは一度もありません。
後ろに控えてじっと立っています。
一回、別な大人のカモが、子ガモにえさをやっていたところに乱入したときは、いつもじっと子ガモを見つめていただけだった母ガモが怒り狂って、猛然と乱入者を追い払って、あっけにとられたものです。すごくびっくりしました。
そのカモが子ガモを押しのけたのを見た瞬間、バシンっと飛び上がって、嘴を前に突き出して、猛然と乱入者にダッシュ。
母ってかっこいい!!
あの出来事は、爽快で、しかもくらくらしちゃうくらい素敵でした。母ガモ、普段静かなところがまたイカす。
環境と空間的に、追い払われたカモだって、もしかしたら従弟とか、去年の子とか、複雑な近縁関係にありそうな20代の若者ですって感じのカモで、憎めない割り込みでしたけどね。
小っちゃくてか弱い子供を精一杯守る大人の姿は、いつだって胸を打ちます。
どっちもとっても愛おしい。