(お話)ポピーの話 前編

ポピーはそっとテントの出口に置かれていた。

コロは、花を摘むのが上手だった。サーカスの曲芸師に教えてもらったのだ。

曲芸師はコロに厳しかったが、コロをいっぱい抱きしめてくれた。コロは曲芸師が大好きで、出かけるときはいつでもついて行きたがったし、一緒に行けないときは悲しげに啼いたものだ。

生まれつきではなかったが、曲芸師にも片足がなかった。曲芸師は良い家の誇り高い両親のもとに生まれた。庭には花が咲き乱れる郊外の大きな家だった。当時の金持ちがみなそうであったように、父親はあまり家にいなかったが、母親は常に家にいて、お茶会や社交でも忙しかったが曲芸師の勉強や習い事をよく見てくれた。成績が良いと母が喜ぶので、曲芸師は勉強を頑張ったが、勉強そのものはあまり面白いと感じなかった。母親はやがて曲芸師に厳しいことばかりを言うようになり、曲芸師はいつしか家を出た。母のことは常に胸にあったが、父がいるので大丈夫だと思っていた。

ある日遠い町で父親の訃報を聞いたとき、曲芸師の体はブリキになって、すでに片足もなかった。

迷ったが家には帰らなかった。家には母を思いやる身なりのいい親戚や、母の面倒一生見ようと思う、いとこがたくさんいるだろう。数名は曲芸師よりもずっと母にかわいがられていた。聞けば曲芸師が家を出てから弟も生まれたらしい。

小さな町で凍えながら、できることを少しずつ増やしていた。片足ではあったが、人一倍努力家だったので、近所の困りものになることはなかった。体はブリキだったので、足が痛むこともなかった。曲芸師は、歌が上手だった。普段は曲芸師に見向きもしない村人も、曲芸師が酒場で歌えば、わずかな給金からコインを投げてくれるのだった。

ある日曲芸師の小さな家に痩せた雌犬がやってきた。犬は薄汚れて、匂った。曲芸師は、しっしと犬を追い払った。その翌朝、裏戸を開いた曲芸師の目の前には、つめたくなった雌犬と、5匹の小さな子犬ががいた。目も見えず乳を求めて泣く子犬を、曲芸師は哀れに思い、家に入れてミルクをやったが、数日のうちに4匹が死んでしまった。生まれつき片足がなかったコロだけが生き残ったのだ。

曲芸師はコロを温め、ミルクをやり、毎晩一緒に寝た。片足のない子犬と片足のないブリキ人間の話は人の口に上るようになった。そしてある日サーカスの団長がやってきたのだ。

母犬はサーカスの財産だったから、コロを寄こせという。いやなら1000クローネを寄こせという。曲芸師にはとても払えない。だが曲芸師はこのままコロを連れていかれるのが寂しかった。団長は家を見まわしていった。

「君はどうもそこそこ歌がうまいらしいね。歌のうまいブリキ人間なんてとても珍しい。どうだい、うちのサーカスに来ないか。片足のないブリキと片足のない犬でコンビを組んで、芸をしながら歌を歌うのさ。給金だって出してやるし、今より生活はよくなると思うね」

そうして曲芸師は曲芸師になった。

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