言葉なき理解
今日も言葉の通じない生き物の話の続きをしたい。
さて前回うっかり怖がらせてしまった僕は、生き物の生態について、とりあえずネットで情報を集めていた。
ん?んん?
ずっと怒っているかと思っていたが、そっちも誤解だったようだ。しっぽの動きや目の動き、でろんでろんとお腹をみせるが、お腹がかゆいから掻けと言っているだけかと思っていたら、これも愛情表現らしい。どうやら僕は我知らず多くの愛情表現をもらっていた(怒っていた時さえも)。
…もしかして好かれているかも。
というわけで現在僕は大変気をよくしている。
なるほど生き物と知り合ってまだ1週間と3日。しかも最初の一週間は、相手は今にも死なんとす、という状況で寝たきりであった。お互いを知ることはできない。
僕は3日で彼についてすでに多くを学んだ。
一つ、怖がりなこと(おもちゃも、おもちゃと確信できる二日目まで触らない)
一つ、その割に無防備なこと(お腹を守らない)
一つ、よく食べるけれど、わがままは言わないこと。
一つ、目薬は嫌いだけどガマンできること。
一つ、きれい好きであること
一つ、賢いこと(トイレもすぐに覚えたし、怒らなかったのに僕の指を嚙んではダメなことも翌日には心得ていた)
一つ、抱っこは嫌いだけど、撫でられるのは大好きなこと。
一つ、寝たきりだったので(トイレも食事も寝ながらしていた)、身体能力に疑惑を持ったいたのだけど(立ち上がっただけで感動していた)、何の、今や一人運動会が開けること(しかし僕の家にはペン立てやガラス製のものが当て危険極まりない。とりあえず目についたものは箱にしまい込んでみた)
一つ、もしかしたら僕が家にいるのが好きみたいなこと
一つ、もしかしたら、僕の歌が好きかもしれないこと(言葉が通じないので、僕はミュージカルよろしく旋律の雰囲気で会話を図るため、毎日彼に歌っている。I love you~, I love you~と適当に歌ったりして、僕もそれなりに楽しい)
*
彼が家に来てくれて、僕はとても幸せだ。
トイレも覚えていなかった病気の間、寝床でトイレすると悲しく泣いて掃除を訴えられたり、それまでの生活形態か、夜行性なところがあって、夜中に3回くらいは介護食が欲しい(お腹がすいた)と鳴かれて起きていた僕だったが、二日前から、水飲み場の横に食事を置いて、僕は寝ている。
おとといは、それでも目が覚めて、時々様子を見たが、昨日は爆睡だった。何なら今朝はずっと眠くてたまらなかった。僕も気が抜けたらしい。
幼子を育てる母は、これが6か月くらいは続くわけであり…。
僕は母という存在についても、思考をめぐらす。
言葉の通じない生き物を観察すると、意外にいろいろわかるものだ。
僕は昆虫の観察を多くしたけれど、昆虫に関しては、わりと「生きた、死んだ」、という記録に終わることも多かったので、今度の生き物は哺乳類という点で新鮮だ。でも虫も微生物も哺乳類も、生き物は毎日一定時間以上きちんと「見る」といろいろなことがちゃんとわかる。魚類は未知だったけれど、どうやら同じらしいということを最近教えてもらった。僕のおばはカメを飼っているのだけど、カメもそうだといっていたから両生類もだ。
言葉はなくても、誤解はあっても、僕らは互いを理解できる。哺乳類の場合、この感動は昆虫より大きかった!
これが「見る」ことなんだなぁ、と改めて思う。そして理解するのに、「見ること」大事なんだなぁ、と改めて感じる。
ついでに反省する。僕は、実家の犬や、周囲の人間を、「見る」ことは不十分であった気がして。
思わずにっこりだ。
…。
ふと空を見上げたら、今日は月がきれいだ。
僕はうれしいらしい。