大雨と電車と現代

今年のお盆は雨続きだったね、とミオさんと話した。

僕は水害に関しては問題のないところに住んでいるけれど、昨日は携帯電話の警報が鳴り響く一日だった。しかも頻繁に。

全国各地で大雨による被害があったようで、京都もいくつかの近所の地域が避難勧告地域だった。昨日は最寄りのRは終日休止。関西地区がありがたいのは、JRが止まっても近鉄と京阪と阪神はあっぱれにもめったなことでは止まらないことだと思う。これは大雪の日などに仕事帰りに大雪や大雨に出くわした人々には非常にありがたい。僕は公共交通機関が止まれば、あとは丈夫な2本足以外頼るものがないから、私鉄の皆さんの頑張りには心から感謝している。

それはそうと、雨は強まったり弱まったりしていたのだけれど、午前中は比較的おとなしくて、僕は思い立って伊能忠敬展にミオさんを誘った。京阪と阪神が動いているなら神戸市に行くのは問題ない。ミオさんが見たがっていたのを思い出したんだ。

最初の警報は出かけようとした寸前になった。外を見たが、その時は雨は小ぶりだったので僕らはそのまま出かけた。それから市内に出るまでに数回警報が鳴って僕は少し不安になったが、四条河原町の阪急電車乗り場割と混雑していて、友達同士連れ立った人が多くいて、だからなんだか大丈夫そうだ、一応駅員さんに運航に異常はないか確認して電車に乗った。電車の中で、電車の中にいた人たちの警報が一斉なること数回。誰も携帯を取り出したりはしない。鴨川も桂川もすっかり茶色でよどんでゴウゴウと流れていたけれど、水位は高くなかった。

つまり皆にとってもそういうことなんだろう。

けれど僕は鳴り響く警報の中で平然と出掛ける(僕らを含めた)人たちを本当に奇妙だ、と感じてしまう。災害警報は、確かに誰かの危機の伝えていて、この警報を聞いて避難する地区の人もいるんだろう。地震警報だったらこんな空間は存在しないだろう。なんて奇妙なんだろう。

なるほど僕らには雨を止めることはできないし、手の届く範囲ではすべての人は安全だ。あの空間は提供された情報によって形成された空間だ。その情報に対する信頼が形成する空間なんだ。この避難警報は、自分たちには関係ないと、確信をもって穏やかに出かけていく。

繰り返すけれど、人出は多かったよ!

伊能忠敬展は素晴らしかった。京都の四条と同じように神戸の三宮にも人があふれていたけれど、幸い博物館の人出は多くはなかった。

展示ガラスの向こうの詳細な美しい地図。地平線を図り、太陽と星を見ながら、正確な尺度を求めて、下図、中図、そして最終稿が作られたというその手間暇。端然とならず地名、尺度の印、小さなマーカーたち。

やがて国を挙げた大事業になったけれど始まりはたったの6人。しかも伊能忠敬氏はその時すでに若くはなく、情熱はもちろんあったろうけれど、冷静に一つ一つの作業を進めていっていることがその簡潔な日記から伝わるようだった。

今日のような豪雨の日もあったろう、雪の日もあったろう、太陽の照り付ける中の測量もあったろう。そういう苦労をどこにも書き残していないけれど、完成された地図の見事さが、その裏の苦労を確かに語りかけてくる。冲方丁の天地明察を読んだ時に負けず劣らず僕は胸を打たれた。

わからないけれど、痛いほどの日差しの熱さ、湿った砂浜の匂い、吹き付ける熱風、あるいは雨が止むのをじめじめと湿った家の縁側から見つめる気持ち、そういうものが伝わってきた。凍える足先、へばりつく泥。

今のところ何を成そうという目的を持たない僕だけれど、人生の終盤に、老後はないものと思い定めて有り金を全部使い果たす旅に出てしまおうか、そんなことを思う。それは悪くないことのように思うんだ。

災害警報を正確に読み解き、身の安全を不用意には心配せずに生きていける今日の僕ら。鳴り響く警報の中で泰然としている奇妙な僕ら。

暦も地図も天文も気候も、この人たちが子孫に贈ってくれた宝物なんだ。

現代社会は本当に奇妙だ。でもこれはひとつのstate of artかもしれない、と僕は感じた。

常設展は昔の神戸。ミオさんのご両親は神戸で出会ったそうで、明治の神戸市の姿を一生懸命に見ていた。母親は裕福な庄屋さんのお嬢さんで、父親は数少ない商売に成功した武士階級の長男だったそうだ。明治時代の神戸市は、空間が多く、海岸に面して西洋風の建物が多く建っている。建築だけだと、カンボジアやインドを思い出す。西洋人が開拓地で作る典型的な建物群はどこでもああいう雰囲気だったのかもしれない。インドやカンボジアではまだそれらの建物を使っていて、日本ではすでに建て替えられている、ということだろう。内地に向けてなじみ深い日本家屋が連なっている。ミオさんのご両親はミオさんに似ているんだろう。僕はミオさんがそこを歩いているのを想像してみる。今を生きている僕らがいて、それが確かに昔の人たちとつながっている。

警報は博物館の中ではならず、僕らは博物館でとてもゆったり過ごした。

神戸市博物館の喫茶店は、とてもおしゃれで、店員さんはこの上なく丁寧で、僕は大変感心した。

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