浜辺の音(琴ケ浜、島根県)
鳴き砂で有名な島根県の琴ケ浜。
歩くと砂同士がキュ、キュとこすりあう音がします。
私はそれまで鳴き砂がたてる音を聞いたことがありませんでした。
海水浴シーズンを終えた広い海岸線に沿って、一歩、一歩、キュ、キュ、という音を聞きながら飽きることなく歩きました。
小さなカニが高速で歩く気配に驚き、海鳥が浜辺に残した残した足跡を見下ろしながら、滑空する姿を見上げ、寄せては返す波の音を震動として捉えていました。
音に満ち満ちて、秋晴れの日の浜辺というものはどこまでも静かです。
小さな生き物たちが残した足跡を見てふと気が付いたことがあります。
そう、音を聞くにはある程度の体重が必要なのです。まだ幼子といって差し支えない頃に同じように鳴き砂の浜といわれる浜辺を歩いたことがあったのですが、その時には音を聞くことはかなわなかったのです。毎日が発見の連続だったはずの稚い日々には発見できなかった音を、老いて知る。
その年齢ごとにふさわしい発見が、日常の中にきちんとある、と常に自分に語っていても、実感することは意外と多くはないもの。
それ故に、そのことを思い出して、とても愉快な気持ちになったものです。
その気持ちのままどこまでも歩けるような気がした浜でした。
波の寄せる音、自身の息遣い、荷物の立てる音、海鳥の羽ばたく音、風が鳴る音。
そして、砂が優しくたてる音。
音を立てる砂は、とてもきめ細やか。
鳴き砂のことを思い出しもしなかった働き盛りの頃に見た実験用の真っ白なシリカを思い出しました。
記憶と、音とと、目に見えるものが共鳴しあって紡がれた織物のような空間。
浜辺を歩くという行為は、とても自然で、とても特別なものだと感じさせてくれた浜辺でした。
凪いだ海から寄せる波と戯れながら、ゆっくりゆっくり歩いた浜辺でした。