浮島 (和歌山県 新宮市)

スコットランドのどこの庭だったか覚えていないですが、日時計を囲む素敵なイングリッシュガーデンの中で、反射する光を見て、私は思ったものです。

妖精はこの国だからこそ生まれたのだろうと。

西日本に生まれた私には、その国の太陽の光は淡く、一日に何度も天気が変わる代わりに、陽光が自然の中で乱反射するように感じ、この光のきらめきの中に、人々はティンカーベルのような妖精の姿を見たのだろうと思ったのでした。その自然と光の幻の妖精に、古来の人が妖精と呼んでいたものは、もしかして昆虫だったのではないかと思ったものです。

この経験は、スコットランドほどまぶしい気持ちだったわけではないですが、実は西日本でもあります。今より足腰が強かったころ、熊野古道を一週間かけて部分的に歩きました。今日は20km、明日は15kmといった感じです。文月の頃のことでした。熊野古道といえば、本宮と那智大社が有名ですが、この経験は速玉神社でです。とはいえ神社そのもの、というよりは、その神社周辺での出来事でした。

*

「きれい」と、思ったんです。

海の近くだからでしょうか。速玉神社をお参りしてから街を歩いていたら、ちっちゃな青い羽虫が、ふよふよ飛んでいるんです。おしりの青い精霊みたいな羽虫でした。

「まぁ」、と思って、羽虫を見ながらニコニコ歩いていたら、行き当たったのが浮島です。

浮島は、ごく町中ではあるけれど豊かな自然を保護している市民のための自然公園、と記憶している小さな緑地です。公園を管理しているおばあちゃんやおじいさん(当時の私は若者)が、とっても優しい。

「あぁ、この虫かい?私たちはヤエラバエと呼んでいるねぇ。さんまの時期になると毎年現れるんだよ」

虫に心を奪われた私に教えてくれたのは、おじいさんだったかしら、おばあさんだったかしら。

「ここは底なし沼なの」といわれても、食用ガエルのオタマジャクシ(大人の握り拳より大きい!)の方がすごすぎて、沼の感想はあまりないですが、とりあえず水草がいっぱい浮いてて、水草の育ち方が公園の管理にとても重要ということでした。

全般的にほのぼのする訪問でした。新宮市。

後で知ったことですが、浮島は生物学や自然科学者には、とても重要な生態系を有しているそうです。「偶然にいいところに行けましたね!」と大学の後輩に言われました。また、ヤエラバエについては、生物学に携わっていたころ時折調べてみましたが、結局正確な名前はわからないままです。

速玉神社をお参りした日に出会った人は、皆とてもやさしかった、と一言で言ってしまえばそれまでです。私はまだ子供だったので(20は超えていましたが、ともかく20歳はまだ子供です)、神社の鳥居の前で地元の女性がミカン売りに来ていて、「気を付けて旅行するのよ」と、手渡してもらったミカンもうれしかったですし、神社に行く前に地元のお菓子屋さんを見なくっちゃ、と思って通りすがりに入った和菓子屋さんで、朝食代わりに食べたケーキを、「一人旅なの?おばちゃんのおごりにしてあげる」と言ってくれた上、和菓子のお土産までくれたおばちゃんも、熊野詣のハイライトです。

School trainが存在するなら、まさにこれ、というほど高校生しか乗っていない電車も面白かったです。電車の窓には海とミカン山が広がっていました。

新宮市の主役、速玉神社では「凪の木」がスター。旅人の守り樹。この木の葉を、旅のお供に持ち歩くと、旅は凪いだ海のように穏やかに進みます。紀元後128年ごろに創建されたといわれる神倉神社の鎮座する神倉山には、天磐盾という神具が埋まっているそうですが、今ふと日誌を見てみたら、当時の感想は、「(位置が)高い」としか書いてないので、コメントを控えます。ちなみにその日の昼食に241円(パン)とあり、日誌の終わりには「今日は散財だなあ」と書いてありました。

*

熊野のお参りは、本宮や那智大社が見た目にも美しいですが、私の旅では速玉神社での出来事が記憶を楽しく飾ってくれています。そして「妖精=昆虫」説は、昆虫について知れば知るほど、ピッタリよねぇ、と思っています。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

次の記事

ムシ