警告を発するのは…
やっぱり迷子のお話です。
カササギは、童話にもかなりしたたかな役割で描かれていることが多く、ちょっとずる賢い、という印象を持たれて、都会ではあまり好かれていない鳥です。いじめもするそうです。
ただ、ノルウェーでオスロよりもっと南の農場地帯にいたころ、かれらはたいてい、小麦畑とか、森の中にて、真っ白でまぁるくて、突きたくなる様なぽってりしたお腹で、しかもちゃんと飛ぶので、おなかが重そうねぇ、となんだか微笑ましく思っていた鳥でした。
ぽってりした鳥といえば? といわれると、ノルウェーのカササギを一番に思い浮かべます。
ただ寒い国でもあり、餌が豊富というわけではないので、おそらく寒い国の特徴として体が小ぶりで、その対比でおなかがぽってり見えたのだと思います。なので、この表現はカササギ側からしたら、不本意かもしれませんね。
おばあちゃんは、ただね、胸は白くて、背中の青色もおしゃれで、きれいな貴方の、お腹がぽってりしてるから、可愛かっただけですよ。
朝、自転車で仕事場へ向かう中、畑の中からこっちを見ているのですけど、愛嬌ある話をしてくれそう、といつも思ったものです。
日本のハシブトカラスは瞳がよそよそしいけれど、ノルウェーの畑や森のカササギとは、会話ができるなら一度話してみたいなぁ、と思っていたものでした。いつも仲間とつるんでますって感じで、鳥同士の仲も悪くはなさそうで、人間と話したいとは思ってなさそうでしたけど。
さてさて、この子らですが、平常状態では比較的静かです。あまり鳴き声をあげて騒いでいるのを、少なくともノルウェーにいた時は、見聞きしたことがありません。
それなのに、森の中やトレッキングで、私が右が左か悩んで、間違った方に行くと、だいたい一声、鳴き声を聞いたのでした。
へんな鳥でしょう。
迷って一方の道に決めた時に限って鳴き声を聞く、というタイミングが揃っていたこともあって、何回目からかは、鳥の声を聞いて(聴いてでなく)いるときは、道が違っても驚かなくなり、聞いていないときは道が正しくても驚かなくなり、分かれ道まで引き返すという判断も早めに下すようになり、心理的には大きなサポートとなってしまったほどでした。
当然、私も最初は意識していませんでしたので、鳥の警告は無視して道を選んで(迷って)いたわけです。これが度重なって、「あぁ、あの時もこの鳥の鳴き声を聞いたな…。」となってきただけなんです。(つまり間違った回数が半端なく多かった…。)
それだけなんですけど。
しかし鳥が鳴くからといって行こうと思った方向へ行かない、ということはなかった私なのでありました。
そういうわけで、朝仕事へ行くときはお互い「やぁ、へんな奴」「やぁ、頑固者」という気持ちで見つめあっていたようにも思うのでした。
ふふふ、へんな鳥。
そして、まあるいおなかに触ってみたかったなーと思います。
まあるいカササギ君たち、心強い警告を、ありがとう。
私はカササギが大好きです。