ベルサイユの憲兵さん

サン・シエールの研究所についてもう少し。

batiment22の庭の桜

サン・シエールは有名なベルサイユ宮殿のあるベルサイユの隣町です。軍人さんを目指す子たちのエリート高校があります。

研究所は、広ーいベルサイユ宮殿の、昔の厩があったところにありました。つまり、ベルサイユ宮殿の庭とつながっていました。ただし宮殿までは歩いて1時間はかかります。

王様に呼ばれて、宮殿に駆け付けようと思ったら、歩いて1時間ってちょっと大変ですね。呼びに来た人に1時間必要で、御前に行くのにもう1時間ですもの。王様は2時間待ちです。研究所は下っ端召使の詰所だよ、と笑いあったものです。

広ーい宮殿の庭には、実はいつもお巡りさんが駐在しています。朝から朝まで一日中です。研究所からベルサイユ宮殿に行くまでの間に大統領の夏の家があったりして、風景は全くのどかなんですが、ともかく間に3か所くらいいつもひっそり黒いバンが止まっている場所があって、普段は車に入ったままなので姿を見ることはないものの、バンの中には憲兵さんというかお巡りさんというか、警備員さんというか、ともかくそういう人たちが2,3名いるのでした。

このバンは、樹の影とかに止まっていて、気が付かない人は全く気が付きもしないと思います。しかし、頻繁に森を抜けて宮殿まで散歩に行ったりしていた私たちのような短期滞在の宿舎の皆は、道を聞いたりすることもあり、バンのお巡りさんは言葉のつたない私たちに非常に親切でした。今日はバンのお巡りさんが、言葉が通じなくてもたもたするうちに、最初一人だったのが最後は3人になって、みんなが同じ方向をすごく大きな身振りで示して出口を教えてくれた、とか笑いあったものです。

宮殿の庭の一部とはいえ、サン・シエールくらいまでくると無料開放地域で、市民がマラソンしたりピクニックしたり散歩したりしているのですが、これも20時になると鍵がかかって誰も入れなくなります。

ところが研究所の圃場は、宮殿の庭の一部で(国有の研究所だったのでした)、出入り口のゲートが一つあって、暗証番号さえあればいつでも出入りできたのでした。そしてその研究滞在中、batiment22という建物に滞在していた夏の頃があって、これが研究所の圃場のすぐ裏にありました。そのせいか、建物に滞在していた人はみな圃場に抜けるゲートの暗証番号を教えてもらっていました。

それで、20時まで仕事して、21時までにご飯を食べて、22時までのんびり圃場を散歩するのが日課になっていた時期があります。4月から7月の初夏の頃です。

圃場には誰もいなくて、ウサギや雉と出会える、心楽しい1時間でした。宮殿の庭事情は知っていたので、研究員の人がいなければ誰もいないことが約束された圃場です。誰にも見られないし、歌を歌ったり、ハーモニカを吹いたり、ウサギが子ウサギを連れているのにそっと近寄ったり、走ると、あちこちの茂みからウサギがいっぱい飛び出してくるので、理由なく走ってみたりしていたものです。

ハウスメイトは21時から23時まで宿舎でのんびりテレビを見ていて、これは私だけの一人の時間。

22時からは私も一緒にテレビも観ていました。翻訳してくれたりフランス語を教えてくれたり、5-10くらい年の離れた子たちばかりでしたが、あの頃の宿舎の修士の学生さんたちは、なんだか本当に家族みたいな子たちでした。面倒見の良い本当に気持ちよいハウスメイトたちでした。研究所の皆とも馴染んだ時期で、すれ違いも言葉の壁もあったけど、優しさに包まれた、30代で一番美しい3か月だったと思います。

記憶のままに吹き鳴らすハーモニカは覚えていない曲も多かったので、ただ音を立てているだけだったし、割と大声で歌を歌っていて、完全にイカレタ30代でしたが、それはなんだかひどく楽しい時間で、私って一人上手だなぁ、と毎晩いそいそ出かけていたものです。

背の高いトウモロコシの圃場が大部分で、植物は私より背が高く、トウモロコシ畑に埋もれて、人のいない安心感から好きに振舞っていた私ですが、ある日びっくり。

実は、例のバンが圃場の角のすぐそこの私の散歩ルートにドーンと止まっていたのに気が付いていなかったのです。

さて、しかし、私は考えました。ドアは閉まっている。下手な歌やハーモニカは聞かれたかもしれないが、しかしそれは今更であるし、すでに数週間、ともかく圃場で遊んでいるのを叱られてはいない。人影はない(中にいたんでしょうけど)。

うむ。

ということで、全く気にしないことに決めました。

必ず1羽はいた

推測するに、20時を過ぎて庭園エリアにいる人を追い出すのが仕事だったのだと思いますが、その後もバンから人が出てきたことはなく、初夏の22時で、とても明るかったとはいえ、遅い時間の散歩だったので、慣れると私もだんだんそこにバンがあるのでかえって安心な気持ちになるようになったものです。バンの中で居眠りしてたら愉快だなぁ、とか思いながら見ていたものです。

そういうわけで、3か月間、研究所の圃場エリアからは出なかったとはいえ、私の散歩を邪魔することなくそっと止まっていてくれた憲兵さんには、なんとなく親愛と感謝の気持ちを持っています。

杓子定規じゃないっていいですね。ウサギも雉も私も、バンのことは全く気にしませんでした。

「batiment22」は、初夏の光と、ベルサイユ宮殿の庭でのんびり警備している憲兵さんと、トウモロコシをかじるウサギと、時々しか会えないけれどひどく鮮やかな雉と、それをぐるっと囲む古い林にを思い出す、不思議な記憶のキーワードになりました。

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