(お話) ポピーの話 中編
曲芸師は、テントの前のポピーをそっと拾いあげた。
花は、大きな家の明るい庭の花だろう。彼が立ち寄ったのだろか。曲芸師はコロを呼んだ。
サーカスで働くようになってからも、片足のない曲芸師と片足のない犬はあちらこちらで話題になった。曲芸師はコロが歩けるように、小さな滑車の台を作った。3本足でも歩けたが、いつもおなかを引きずることになるし、片足に変な負担がかかりすぎて、コロの足が炎症を起こしたので、毎日一生懸命考えて、廃材を拾って、いろいろな形を試して、ようやくコロが使える形の滑車を見出したのだ。急な角度で曲がるのは難しいが、円を描いて走ることもできるようになった。コロは舞台に出て、花を摘む芸を行い、3本足を懸命に動かして片足で跳び回る曲芸師の周りを駆け回った。時には曲芸師は美声を披露し、コロがワンワンと合いの手を入れたりした。
「ほーら、コロの分だぞ」夕食で卵が出れば、必ずコロにあげた。かたいパンとチーズをかじりながら、コロを撫でながら食事をした。コロは子犬だったがあまりはしゃぐことがなくて、それが曲芸師は少し気がかりだった。黒く塗れた瞳を見れば、この子はもっとやんちゃな気もするんだが、と思うのだった。時々小さな肉のかけらを手に入れて、コロの目の前に出したり、引っ込めたりすると、コロは顔を肉片のほうにこまめに頭を動かしながら、一生懸命しっぽを振った。そんなとき、曲芸師はくすくす笑いながら肉のかけらをコロにやった。
人気が上がるにつれて、サーカスの仲間に嫌がらせを受けることもあった。それは殴ったり蹴ったりするような目に見えるいじめではなかったが、コロのえさがなかったり、移動日を曲芸師だけ知らなかったりした。けれど温かなコロを撫でていると、腹は立ったが、笑い飛ばすことができた。
ある日曲芸師は恋をした。真っ赤なほっぺの可愛い空中ブランコのりだ。ブランコ乗りはコロをとてもかわいがった。
「足がなく生まれたのにあんたは強い子ね」そう言ってブランコ乗りがコロを撫でると、コロは芸に使う花を摘んで差し出したりする。すると、ブランコ乗りは赤い頬を一層赤らめて喜んだ。
「僕が教えたんだ」曲芸師も最初はうれしかった。小さなコロは少しずつ成長し、僕の愛する人を喜ばしている!
けれどブランコ乗りは、ブリキの体の曲芸師からはそっと距離を置いていた。自分に寄せられる曲芸師の好意は、ブランコ乗りはいらなかったのだ。ブランコ乗りには猛獣使いの恋人がいた。だからと言って曲芸師を嫌っているわけではなかったが、ブリキの体は冷たく、時にはガシャンと音がして、ブランコ乗りは怖かった。それに曲芸師には片足もない。歌う声はきれいだし、足がなくても上手に跳ねたり走ったりする曲芸師は立派で素晴らしい友達だったが、ブランコ乗りは猛獣使いに恋をしていた。
曲芸師は、ブランコ乗りの心が自分にないことは分かっていたし、それとは関係なく、彼女がコロをかわいがるのを心からありがたく思っていた。コロは子供だもの。たくさんの人に愛してやってほしかった。
ある日団長に呼び出された。次に大きな街に行くから、次の公演までに、コロと二人で新しい芸を増やせという。
コロと曲芸師の二人に対して同じ課題だ。火縄くぐり。
なに大丈夫だ、団長は言う。断熱材の衣装を用意する。多少は熱いが燃えたりはしないからな。仮面もやろう。問題はコロだが、衣装は準備する。仮面をつけては犬は跳べないだろうから、犬は仮面はなしでするしかないな。
曲芸師は最初断った。自分はともかく、片足のないコロに火縄くぐりは危険すぎる。
「二人でやれば大丈夫さ」高さも高くしなくていい。火があることを除けば、あとはいつも通りのことしかしなくていいから、挑戦してみろ。団長は励ました。
そういわれると大丈夫そうな気がする。「猛獣使いを驚かしてやんなよ。」団長はウィンクして曲芸師の肩をたたいて去っていった。
サーカスでは持ち芸は財産だ。曲芸師は考えた。新しい芸はブランコ乗りを喜ばせるだろうか。コロには跳躍はできないから、少し高いところから地面に向けて飛び降りて、上手に台の上に降り立つ練習をさせれば何とかなるかもしれない。火を怖がるだろうから、最初は僕が火の向こうに立って少しずつ慣れさせていけばいいだろうか。僕が高く跳躍をする練習をして、派手に火の輪をくぐればそれで十分な見世物になるだろう。
次の街まではまだまだ時間がある。曲芸師はコロのためにたくさんの時間を使って、まずは火になれさせることから始めた。自分は夜中に一生懸命練習した。芸としてお客に見せるには、二人が連続して飛ぶ方がいいだろう。そこで猛獣使いとブランコ乗りに、コロが飛んだら、コロがちゃんと台の上に飛び折れるように台を押してもらうことにした。二人は快諾してくれた。
3人と一匹で練習するのは楽しかった。火縄で作る輪は大きくしたので迫力が出たし、その分曲芸師もコロも火から遠くなるので安心だと思った。コロの芸が完成したときは3人でシャンパンを開けてお祝いした。次の街の興行まであと2日だった。
曲芸師は自身の練習を続けながら、コロには念を入れてその後も午前中はずっとコロの練習にあてた。朝から晩まで時間を使って、曲芸師はくたくただったが、コロと曲芸師の二人のアクロバットがうまくいくのを見るのが楽しみだと笑ったブランコ乗りの花のような笑顔を思えば、辛いとは思わなかった。
次の街での公演場所は、市長舎前の広場だった。街は花にあふれていた。広場の花壇に揺れるポピーに曲芸師の心は和んだ。