週末のスペインのタクシー

この話はすでにどこかで書いたかもですが、引き続きスペインの旅路。

昔々のスペインではシエスタと週末のお休みは非常に重要で、シエスタの時間帯と週末には、電車やバスの本数は減り、タクシーはなくなり、お店はほとんどが締まり、通りにも人がいなくなります。

初めてのスペインの旅では、私はこれを全く知りませんでした。シエスタについては、家族が家で寝ている、くらいのイメージしかなく、週末はすべてがにぎわう日本のイメージで、その国の大地に降り立ってしまったため、本当に難儀しました。当時は親元で暮らしていたのですが、出発にあたって、旅の宿をすべて予約してから旅立つように、と申し渡されていた私、直面したのは宿を予約した町に移動できない、という事態でした。

今はスマホですべてが何とでもなりそうな世の中ですが、当時、現地で予約のキャンセルをするには電話か手紙しか手段がありません。現地で電話が掛けられるほどの旅人スキルもなかった私(切手を買える場所も分かりませんでした)、予約してる手前、宿の人にも断りなくいかなかったら宿代は2重払いになるのでは(そこはクレジット予約だった…)という貧乏学生の悪夢の元、直面した最初の週末の移動は本当に途方に暮れたものです。その旅は3週間で10の街を巡った旅で、距離感もなかったので、一つ一つの街は実はかなり離れていたんです。

「今日はアルマグロに行くバスは出ていないわよ。日曜だもの。隣町に行くバスならあるけれど、それ以上の移動はこの町からは無理」、宿のお姉さんは続けました。「もしかしたら、もしかしたらよ、隣町からは電車があるかもしれないわ。少なくともこの街よりは大きいし」と言われて、分かった、とこっくりうなずいて、とりあえず教えてもらったバス停からバスで1時間ほどかかる隣町へ。

そして最初の難関に。

コンクリートの屋根に四方が囲まれた味気ないバスターミナルで、一緒に降りたのは7,8人でした。荷物をとって降りたときに目に入ったのは私の前に降りた最後の乗客の後ろ姿と、誇り舞う灰色のコンクリートの床と壁。降り立った私の背後でエンジンをふかして出ていくバス…。

漫画で言うなら、ピューと風が吹き抜けていく感じ。

気を取り直して、とりあえずターミナルの外へ出てみたら、外はもっと寂しい。紙袋が風に舞いながら飛んでいくだけの、誰もいない町。家々の扉を見るも、どの家も固くシャッターが降りています。

あれ。。。人がいない。とても静かで寂しい…。降りた乗客はどこへ消えてしまったの…。

失礼ながら、ゴーストタウンみたいでした。バスターミナルにも人はいません。

途方に暮れてターミナルの外でしばらく立っていたような気がします。そこへ一台の黒い乗用車がバスターミナルの駐車場に入ってきました。運転していたのは男性で、男性が車を止めたら後ろに座っていた家族らしき女性と話しています。女性の方は車から降りて、目にもとまらぬ速さでどこかへ…。あのバスターミナルは、実は複雑な作りだったのでしょうか。なぜ人の姿がそんなに早く消えたのでしょう…。

一方車の男性の方は、車の中で何やら作業中。

というわけで、全員いなくなる前に、と私は急いでまだ残っていた車に向かっていき、窓越しに声を掛けました。今振り返ると当時の私、スペイン語もできないのに、こういうところは突進型ですね。切羽詰まっていたのもありますが、人見知り度ゼロ…。

当時の私にはおじさん、今の私には若者の彼、英語ができました!できないスペイン語で、交通手段がない、どうしよう、と訴えた私とバスターミナルを眺めて、沈黙。一度はどうしようもないね、的なジェスチャーがあったものの、あまりに徒歩に暮れた顔をしていたからでしょうか、英語に切り替えて「ちょっと待って」と言って、車から出てきて、ターミナルの入り口にあった電話で誰かに電話をかけ始めました。

彼が何をしてくれたと思います?

「友達のタクシードライバーに電話をかけたんだ。来てくれるって。大きな駅舎がある街まで60ユーロはかかるって言ってたけど払えるよね?あと15分くらいしたら、タクシーが来るからその人に連れて行ってもらったらいいよ」

そう言うと「ありがとう!!」と感激する私にひらひら手を振って立ち去って行ったのでした。

男性がいなくなった後もバスターミナルには人っ子一人現れませんでした。週末の家族の時間、徹底してます…。

15分もかからなかったと思います。タクシーすぐに来てくれました!

ターミナルの前で一人でぽつんと立っていたアジア人ということで、向こうもすぐに私がわかった様子。50代くらいの気のよさそうなおじさんが、片言の英語で「電話をもらったんだ、アルカサールの駅舎に行きたいのは君だね?」と声をかけてくれて、荷物をさっと持ってくれてタクシーに乗せてくれたのでした。

アルカサールまで、結構時間がかかったと思います。片言の英語とスペイン語で、意思疎通は全くできないものの、沈黙と景色も交えて、お話します。旅をするときはもっとよく準備するんだ、みたいなお説教もされていたような気がします(通じなくてもそういう雰囲気は伝わるんです)。各町の特産品の話もしてくれていたように思います。あの辺のどこかに籠の生産地が存在すれば、ね。そのうちおじさんが辛抱強く、この言葉を繰り返すんだ、と言い出しました。「アルカサール、シウダード、xx(忘れました)」

この言葉を本当に何度も繰り返すように言われて、その時の私にはちんぷんかんぷんでしたが、私はおとなしく何度も繰り返しました。これ、なんで繰り返したのか意味が分かっていなかったので、残念ながら活かせなかったのですが、アルカサールからアルマグロに行くまでにある乗換駅の名前だったんです。なんで気が付いたのか忘れましたが、気が付いたのは2、3年後のころ。とても暖かい気持ちになりました。タクシーのおじさんも、黒い車の男性も、きっと一生覚えています。

アルカサールの駅舎についたら、タクシーのおじさんは車のドアを開けてくれ、トランクから荷物を出してくれ、そして、力強くて温かい握手で、旅の幸運を祈ってくれました。

私は無事にアルマグロ行の電車に乗ったのでした。

マドリードレベルの大都市では週末も経済が動いている様子がありましたが、あの頃はまだ週末の家族の時間とシエスタは大都市の周辺の街までも徹底された文化でした。今となっては、スペインも、週末も稼働する経済の国になっているかもしれません。あの時のターミナルの寂しさと、タクシーを呼んでくれた男性の電話をかける後ろ姿と、そして握手してくれた手の温かさは、昨日のことのように覚えています。

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