西の果ての教会で遊ぶ子供たち

今日は今年初めての木枯らしが吹いたそう。

紅葉はこれからですし、まだまだ秋を満喫するつもりですが、寒くなったせいでしょうか、トロムソで(春先に…)出会った子供たちのことを思い出しました。

ノルウェーのトロムソは、オーロラを見に週末だけ出かけていった街なのですが、印象的な出来事がいくつもありました。

その中で一番心がほっこり嬉しくなった出来事を書いてみようと思います。

Pのマークが見えるでしょう。あそこから教会の側面に沿って下り坂になっていて、そこで橇を滑りました。

街中に教会はいくつもあるのですけど、ノルウェーの最西端にあると言われている教会がトロムソにはあります。ノルウェーの最西端はつまり世界の最西端の教会と、少なくとも当時のガイドブックには、紹介されていました。地球は丸いので、西欧からみて最先端ということは、東の果ての日本に一番近いヨーロッパの教会ともいえるのでしょうかね?市内から、海峡にまたがる大きな橋を越えた向こう岸側にあるのですが、市内から歩いても20分ほど。せっかく旅をしているのです。徒歩圏内で行ける、何かの一番というものがあれば見に行かない手はありません。それでいそいそ出かけていきました。天気は良くて散歩日和でしたし。

教会はそれなりに古いのですが、びっくりするくらい斬新で今どきな北欧のおしゃれな建築物で、とても新しく見えました。真っ白な壁と昼に中空に浮かんで優しく輝いていた月の光が印象として残り、明るい雪明りがあふれているような教会だと感じました。

参拝後、うろうろしていた時のこと。その教会の脇に、やや下り坂になっているところがあって、そこで3人の子供たちが遊んでいるのに気が付きました。お兄ちゃんは黒い目黒い髪の9歳くらいの少年で、女の子たちは金髪に青い目の子供たちで、年は近そうでしたが年下のようです。兄弟というよりは近所の遊び友達かな、と思いました。3人で1つの橇に交互に乗って遊んでいて、その橇は木製の椅子にカーブの足をつけたものでで、日曜大工の得意なパパが改良して作ったような素朴な可愛らしい橇。多分大人が椅子の背もたれの部分を握って、後ろに立ち姿で控えて乗り、小さい子供を前の椅子に座らせて一緒に滑るように作ってあったんだと思います。子供たちは、一人で滑る時は、本来なら大人が立っているのであろうコントロール席へ立ち、二人で滑る時は、女の子が椅子に座って、その短い坂道を何度も滑ってそれは楽しそうでした。

教会横の坂道のその先には大型バスの駐車場しかなくて、3人の格好の遊び場に違いありません。橇、素敵だなーと思ってみていたら、そのうち3人の子らは橇を置いて、別な遊びを始めました。とはいえ、今思えばそれはほんの一時だったのです。なのに私はうっかり誤解してしまいました、この橇は教会のそりで、私の位置からは見えないけど、どっかに紐かなんかでつながれていて、誰でも滑っていいし、きっとここに置きっぱなしで、勝手に滑ってなくなったりしないし、ちゃんといつでもそこに在って盗まれることもないようなものなんだろうと。

子供たちが橇の傍を離れている間に私は橇に接近し、触れられるくらい近くまで行って、よく観察したのち、特に紐は付いていないことがわかりました。教会に沿ってカーブになっているし、坂道は緩いけど、ひももついていないこの橇で上手に滑って戻ってくるなぁ、と感心した気持ちになって、矯めつ眇めつ眺めていたら、自分も試してみたくなりました。変なおばちゃんが橇の近くにいるのが気になったんでしょう、ちょうど戻ってきた少年に、橇を指さして「これもう使ってない?私遊んでみていい?」と聞きました。なんといっても子供たちが遊んでいたのをいきなり大人が横から勝手に使うのはマナー違反かな、と思って聞いたのでした。

相手は小学生、しかしさすがノルウェー、得意でなくても英語はできて、ちょっと困惑した顔をされたましたが、うん、いいよとうなずいてくれました。その辺まで私は、教会のだもんね!という、わりと悪気も遠慮もない感じにその橇に接していたと思います。聞き方も多分その心が漏れ出でる感じであったに違いないと…。

私はやる気満々で、橇の大人の立ち位置に立ち、ハンドルを握り、子供たちがしたように片足を橇のふちにかけました。そしたら、あらあら、観光客の団体が大型バスの駐車場からゾロゾロと。

なんせ人生初めての橇すべり、人をよける自信はないし、ぶっしゃけ道いっぱいに広がってのんびりおしゃべりしながら坂道を挙がってくる観光客の皆さん、橇が通り抜ける隙間はなさそう…。もう少し急いでくれてもいいのに、とこっちが思うくらい、歩きながら教会を見て興奮したり、橇に待機して待っている私をじろじろ見たり、記念写真を撮ったり、40名くらいの観光客だったのに、びっくり30分くらいかけてその5メートルくらいの短い坂を人でいっぱいにしながら歩いて行ったのでした。気が付けば子供たちは3人とも脇に立って、じっと私を見つめています。「また橇で遊びたいのかも…」と思ったものの、人生初めての橇、どうしても一回滑ってみたい!大人のわがままで、子供たちには肩をすくめてみせ、私も子供たちも我慢大会のような顔でその観光客を見送ったのでした。

途中で女の子が「貸してあげるの?」というようなことを男の子に聞き、男の子が小さくうなずいたのを横目で見たときに気が付けばよかったんですけど…。しかしそこはノルウェー語だったので、確かなニュアンスは分からず、依然橇を握りしめる私。(都合の悪いことは分からないのかも…。そろそろわかってきましたね?)

坂から人がいなくなって、やや緊張しながら、私、子供たちを一度見ます。なんかの使命感に駆られたのか、子供たちが勇気づけるように一度うなずいてくれます。ゴー!

子供たちのを横で見ていた際とは違って、超早い(そうです、体重の違いです!)、すぐに終わったけどなかなかスリルもあり、風を切って坂道を滑って大満足。英語が通じようが通じなかろうが嬉しくなって子供たちに「早いね!!」と感想を叫び、意気揚々橇を元の場所に戻そうとしたところ、子供たちがやってきて、橇を引き取りました。割り込んでごめんね、という気持ちで「ありがとう」、と言って橇を渡したら、あらびっくり、子供たち、橇を坂まで上げて、そのまま自分たちの自転車に括り付けたのでした。

ここへきてようやく理解。橇は教会のものではなく子供たちの私物であったこと、帰らなきゃいけなかったのに、観光客を待つ私に合わせて30分、仕方なく私を待っていてくれていたこと。道理で困った顔のまま立っていたわけです。通りのすがりのおばちゃん(当時の私はまだおばあちゃんではありませんでした)に絡まれちゃって、なんてこと!使う前に声をかけて、本当に良かったと、冷や汗が湧き出てきました…。

「うわぉ」という心のままに、ごめんね、君らの橇だったんだね、貸してくれてありがとうね!!と慌てて駆け寄ったら、ここでようやく子供たちは自分たちの親切が正しく私に伝わったことを感じたらしく、女の子も男のも3人とも春の光みたいな笑顔になると、いいんだよー手を振ってくれました。そして3人とも、英語ができる子もできない子も、口々に、私たち/僕らは帰るよ、すぐに嵐が来るよ、帰る時はこっち側から橋を渡った方がいいよ、風が荒れるからこっちが安全なんだ、と私を橋まで誘導し、私が無事に橋の入り口に差し掛かるまで自転車ぐるぐる回って手を振ってくれました。ノルウェー語交じりで言葉が通じなくても伝わるのがほんとに不思議なんですけども、焦った大人に彼らが見せてくれた、さらに上を行く大人な優しさにじんわり。

思いがけず子供たちの橇を握りしめた自分の厚顔無恥に青くなったり、待たせて迷惑をかけた自分が恥ずかしかったり、受けた優しさが嬉しかったり、いろんな気持ちでマゴマゴしてしまいましたが、3人の笑顔でトロムソで一番心がポカポカする出来事になったのでした。

ふふ、そして本当に橋の途中で嵐が来たんですよ。たった20分だけでしたけど、とても激しい小さい氷の吹き付ける嵐でした。橋を3分の2くらい行ったところで始まって3分もしないうちに、顔が痛くて痛くてたまらなくなりました。幸い橋を降りたらすぐに風の当たらないところに行けましたが、あの冷たさは、冬のアイスランドでもなぜか8度以上の気温に見舞われ、春先のノルウェーでもなぜか滞在している間にみるみる温度が10度以上になりと、北国に行くも零下体験をし損ねた私が北国で感じた一番寒かった10分でした(10分で橋を下り終わった)。のほほんと書いていますが、あの冷たい氷と風に終始晒される生活の厳しさが、柔らかい心持った心の小さなその子たちの生活の一部であることにも思いを巡らせる嵐で、北国の生活ということについて胸に刻んだひと時でもありました。子供たちのアドバイスがなかったら、冷たさからくる痛みに耐える時間はもっと長かったのかも。本当に感謝です。

あの子たちも今は立派な青年で、自分の子供たちに橇を作ったりしているのかもしれません。その橇で遊ぶ子らは、やっぱり春のような温かい笑顔を持った子供たちに違いありません。

あれから何十年もたった気がしますが、思い出すたびに思います。

橇を貸してくれてありがとう!いつか一緒に遊ぼうね!

橋から見せるトロムソの東と西の町(東がダウンタウン)

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