(ハーブ) 百合と乙女
ユリがハーブとしての効果を期待されて使用される部位は、花ではなく根の部分です。
ユリはユリ目に分類されますが、食用にしても薬用にしても根茎が利用されます。じつは山のごちそう、とろろもユリ目です。山芋や長芋がユリの仲間であることは、私は本で読むまで知りませんでした。ジャガイモやサツマイモはナス目、サトイモはサトイモ目に分類されます。
遺伝子って不思議です!
漢方でいうユリ根にはオニユリの鱗片が使われます。しかし、日本ではヤマユリやコオニユリのゆり根も食用されます。いずれも山芋と同じく滋養強壮の効果があります。滋養強壮という言葉はよく聞くと思いますが、免疫賦活作用や抗炎症作用などを含みます。
効用が同じってことは、やはり遺伝子は近く成分は同じか、というとそういうわけではなく、ビャクゴウといわれるオニユリのユリの根で主要成分とされるのはシンプルにでんぷん。山芋の方はジオスゲンやβシトステロールというステロイドになります。もちろん主要成分というだけです。山芋にも多くのでんぷんが含まれますし、それぞれ様々な物質を含みます。目(もく)の同じ植物の根の部分ということで、遺伝子が近い分類似点は多いです。ちなみに中国や日本ではゆり根はスーパーで手軽に手に入ります。
さて、効能について語ったところで、花の話もいたしましょう。
日本で一番古い神社は大神(みわ)神社です。大神神社では、1300年以上も無病息災を祈願する「鎮花祭」が4月に行われています。お祭りでは、特殊神饌として百合根と忍冬が奉納されます。それから、大神神社の摂社である率川神社で、対になる祭りである「三枝祭」も行われています。三枝はササユリのことで、こちら別名ゆりまつりです。ゆりまつりは、ユリの開花時期に合わせて、6月に行われてきています。ここで奉納されるのは満開のユリと酒樽です。大神神社には、我が国の国づくりを行った大国主神の和魂である大物主大神が祭られていて、率川神社にはその奥様である百襲姫が祭られています。
どちらも無病息災を記念する神事ですが、率川神社でササユリがまつられているのは、百襲姫がササユリを深く愛していたからだといわれます。健康って、薬で体に働きかけるだけでなく、心の健やかさも大事です。個人的に思うことですが、花を見て、姫はきっと心を癒していたのでしょう。ササユリの香りにリラクゼーション効果があるという研究報告もあります(藤原ら、2019, 生薬学会誌73巻, 1-6)。お酒もお清めに使いますものね。
また、三輪山研究会の調査によると、ササユリは二人が初めて結ばれたとき、その小屋を飾るように咲き乱れていた花という伝説も残っているそうで、「聖婚」を象徴する花ともいわれているそうです。キリスト教の、マリア様を象徴する花もユリ(L. candidum, マドンナリリー, 白百合)です。国や人種を超えて、聖なる乙女の象徴あるいは神との婚姻の象徴となる花が、ユリであるというのは興味深い事実です。ササユリは夜に開花します。香りも夜の方が強いですが、その香りは白百合よりずっと柔らかです。
美しい山辺の川傍で、静かな夜の帳に守られ、ササユリの祝福を受けて結ばれる、美しい姫と麗しい大国主神。
その情景は美しいです。
とはいえ、旦那さんとしては、評価できる話はぜんぜん残っていない大国主神。小さかった姫が美しく育つのを見守って、最高神と結ばれ、若くして亡くなったことを、ササユリが喜んだのか悲しんだのか私にはわかりません。姫のご両親が喜んだのかも、私にはわかりません。率川神社は、百襲姫と、百襲姫のお父様とお母さまが姫を守るように左右に立ち並んでいます。
それでも姫は旦那さんを愛していただろうし、百襲姫のお父様とお母さまは大国主神を悪く言わないんだろうなぁ、と思うと、私は少し悲しい気持ちになります。お祭りでも、正体不明の男に通われた挙句、若くして命を失った美しい百襲姫を慰めるように、巫女の舞、そして清められたササユリを酒樽に巻き付けたものが奉納されます。(実際に舞を舞う巫女や奉納を行う神社と見解は違うと思います)
ササユリ(Lilium japonicum)は、日本書紀とか古事記では、つまり古代ではヤマユリ(Lilium auratum)と記述されているそうです。今でも地域よってはヤマユリと呼ばれることもありますが、ササユリは優しいピンク色、ヤマユリは黄金ユリといわれる白いユリです。
どちらも昔は山歩きで見かけることができた身近なユリでした。