(お話)雨の道に満ちる音

朝、雷の音で目が覚める。幼子が窓枠から頭を覗かせる。雲の中を踊る龍の姿が垣間見える窓の外をつぶらな瞳が一心に見ている。

雨が空気を洗って、塵はすべて地面に落ちる。地面はただ優しく受け止める。そういう様をただ見ている。

濡れそぼったフードの陰で、小さな小さなアマガエルが、自身の体の30倍の丈を裕に超えて高く跳ねた。草むらの奥にひとっ飛びだ。

口元が緩む。

牧歌的な歌うたいはみな岩陰で休んでいる。羊を連れて。世界を見つめて。ある者は談笑し、ある者は小さく歌を口ずさむ。

ひどく暑く水のなかった2週間を経た後で、突然の驟雨があった。くるくると流れる水が道を流れていく。小さな石と泥が一緒に流れていく。植物が笑っている。青々した葉が雨粒と踊っている。空気は暑気が孕み寒くはない。すがすがしいほど濡れた私は、暖かい左足と冷たい右足を交互に出しながら、何も見つけず、何も残さず、その道を歩いている。

子供の姿に家族に思う。故郷にいる弟のよく乾いた柔らかなタオルのような笑い声。彼はもう起きただろうか。

大粒の雨粒も、直に霧雨に変わるだろう。綿帽子のように軽くて落ち着かない私は雨に流されて跡形もなくここを去るが、霧雨の住人達は私がここを歩いたことに気づくだろうか。

霧雨の住人、それは雲のいとし子。捉えどころのない風神を守る雲の。

村雨の住人、かれも雲のいとし子。黒々と空を覆う雷神を隠す雲の。

こだまのように互いを呼び合いながら、溶け合うように流れながら決して交わることはない半身を慈しみ、風と水と光を大地に届ける。時に恵みと呼ばれ、時に災いと呼ばれ、葉を奏で、土を愛で、花を攫って天へ帰る。

弟を呼んでみる。コロを呼んでみる。ぬくもりはないが、存在を感じる。

今日の天地は天衣無縫で、私の心は凪いでいる。

風神と雷神のとどろく笑い声が空に満ちている。龍神が舞っている。

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