(お話)雨のまどろみ

(空と大地のはざまで)

雨の日の地中から小さな震動が響く

雨粒が地面を打つ音ではない

地中からあるいは地表から、雨音に合間に交じるささやきのような音

それはこだまのようだけれど、木霊でなく、どちらかといえばすべての植物、地面の中の生き物、土中深くを流れる水、水の中の生き物、そういう色々な存在がそれぞれに音を出しているようである

嵐の日、地上は耐えるようにじっと暴風に身を任せるが、濁流の合間にも土の下から響きくる

洗って洗って洗われて、残るものは無残であろう

流されたものは、もともと存在してはいなかったのだと、わずかすぎる残存は失望の形をしているようにも見えるのに

失われた価値を顧みず、いっさいに関わらぬ

可愛らしい音が耳を打つ

雨音を打楽器としながら、木琴のような、深いような、軽やかなような、意味なさぬような音のような、つぶやきのような

響いて、響いて、空間を震わせながら、耳を打つ 音

眠る龍の閉じられた瞼からにじむ憐憫が、転がり落ち涙の粒となり、ぶつかり合って音を奏でているかのようだ

まるで空っぽになった空間に、あるいは多くのものを隠して煙る世界に、音が満ちている

音の波にそっと息を吹きかける

高く高く、空へ高く、優しい泡が舞い上がる

多くを失い新しいものを得たなら、今度はそれを育ててみようか。それとも失ったもの探してみるべきか

音の波のはざまに浮かぶ、不思議な幻影

大地に根を下ろしたことなどない、空を飛び続けたことなどない、ただひどく自由でちっぽけな老いたものが顔を上げて腕を広げているような

何一つ手放さぬように、大切なものをかき抱くように大きく大きく腕を広げて世界を抱いているような

幼き笑みを空に届けて、雨音の合間に響く音楽でもない、物音でもない、つぶやきでもない不思議な音を一人聴く、幸福に満ちた哀れな者がいるような

雲が流れ、やがて青空がのぞき、それから星と月が隠れたり現れたりする。雲は止まることを知らない。低き空から高き天まで重たげに流れ続ける

どこでもないところで、何も持たず、ただ自分を手離さず、ただ自分を奪われず、命はそうして在るのだと、まどろむように音がいう

泣いて捩って洗って洗って洗われて、ただ一粒の鮮やかに光る一滴が

地表に、 存る

日に温められ、風吹かれて、やがて空に還る喜びに輝いて

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

前の記事

中秋の名月